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その十四 「井の中の蛙 天を知る」 佐藤 浩


 

 

 

 

 

 

私の人生を灯すことになった「眼聴耳視」、二十六年をかけてその出典を探し求め、

ようやく京都五条坂の河井寛次郎記念館で出会うことの出来た言葉である。

この間の事情はすでに「窓から見た子供たち」(※注)の(三十)から(三十二)に

かけて詳細に記している。

 

河井寛次郎さんは、柳宗悦、浜田庄司さん達と共に民芸運動を興された方で、その

住まいや工房、登り窯を含めて記念館として保存されている。もし「眼聴耳視」の

出典を、二、三年で探し当てていたとしたら、私はそこで河井さんにお目にかかって

いたに違いないと思う。

 

「土と炎の詩人」といわれた河井さんは、昭和四十一年十一月、鬼籍に入られたので

遺された言葉に教えを乞うしかないのだが、その言葉の土の一つにも底知れぬ深みが

にじんでいる。そして、あの深みで、児童詩と響き合っているのだ。

 詩集「いのちの窓」には河井さんの次の言葉が載っている。

 

 ― 此世は自分を探しに來たところ

   此世は自分を見に來たところ ―

 

つまり、人生は自分と出会うためにあるというのである。このような視点で児童詩を

見ると、まったく違った子どもの深みが見えて来るのだ。

 

 

一つのごみ

小学六年 赤井 真由美

 

昨日 橋をわたっていた

ポケットに一つのゴミがある

軽いけど このまま入れておくのも

しゃくだ

私はそう思って ゴミを川に

すてようとした

手をはなそうとして

〝いけない〟と思い

ポケットにガサッとゴミを入れた

前に川そうじをしたところだ

ゴミを川にすてることで

おこっていた私なのに

こういう気持ちで

ついすててしまうのだろう

私は はずかしくなった

人の心ってせまいなあと思って

家につっ走って帰った

           

ここには帰宅途中の橋の上で起きた、よそ目には些細な出来事、しかし作者に

とっては大きな出来事が丁寧に描かれている。そして、見逃してならない点は、

橋の上の作者が橋の下で川掃除をしている自分と危うい一瞬に出会ったことで

ある。

その出会いが「自らに恥じる」、「人の心はせまいなあ」という、より深い

自分へ誘ってくれたからである。そして、このような出会いを繰り返しながら、

公徳心や社会性が身についていくのであろう。

 

河井さんの自伝小説ともいうべき「六十年前の今」という著作がある。その中で

「井の中の蛙 天を知る」という言葉に出会った時、私は数日その言葉から離れる

ことが出来なかった。蛙が子どもに通ずるからだ。

つまり「井の中の子ども 天を知る」ということになる。それは、三十余年にわたる

「青い窓」の経験を一言に凝縮したものではないか、と私は直観したからである。

 

 

ひとりごと

小学一年 かめ山 ゆりこ

 

わたし いつもひとりごとをいうの

それはね

わたし いつもゆうやけをみるの

そしたらね わたしも

ゆうやけみたいに きれいになりたいな

そして いつもきれいでいたいな

ゆうやけになったら

わたしのしたで こどもたちが

あそんでいるところをみながら

いつまでも きれいでいたいな

 

 「井の中の子ども 大海を知らず」といっ

た認識からは「だから大海という社会を教えてやらなければ」といった発想しか

生まれてこず、従って教える者と教えられる者との間には、画然とした線が引か

れることになるのだ。「青い窓」ではこんなにも豊かに子どもたちから学んで

いるのに……。

 

「土と炎の詩人」河井寛次郎さんの言葉は、文字通り土と火の魂を核に据えている

ので、どんなに引かれた線でもぼんぼんと飛び越えて、生き方に迫って来るのだ。

 

(平成四年 青い窓四月号に掲載)

 

※注「窓から見た子供たち」は佐藤浩による児童詩についてのコラム。

昭和五十九年五月~平成四年二月まで青い窓誌上で連載された。

 

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佐藤が「井の中の蛙、天を知る」を説明する時、ジャン・ジャック・ルソーの

文章を引用することがありました。それは彼の著、『エミール』にある「人生

のそれぞれの時期、それぞれの状態には、それ相応の完成があり、それぞれに

固有の成熟がある」です。(岩波文庫 今野一雄訳・上)

河井氏とルソーの言葉には、子どもは未熟な存在ではないという共通点が読み

取れます。

 

後に佐藤は、これらに続くような言葉を遺します。

 

「子どもが自ら育つところには敬意を持ち、大人が育てるところには謙虚さを持つ」

 

子どもの中にある、内なる自然を大切にしたいという、佐藤の願いがこめられた

言葉です。

 

 

 

 

(解説・青い窓事務局)